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6月30日 「帰ってきたサマリヤ人」(ルカ17:11~19)

今日の箇所には10人のツァラアト(重い皮膚病)に冒された人が癒された話が出てきます。

この病は単に体が元に戻れば良いというだけでなく、宗教的な意味もあり、回復した際はユダヤ教の祭司の癒しの宣言が必要でした。

この箇所から信仰について2つのことを覚えさせられます。

第一に主イエスのおことばを信じ切って、行動するということです。

10人はイエス様に癒しを求めて、叫びました。

そしてイエス様は彼らに祭司のところに行くことを大声で命じました。

彼らはその通り行動しました。

その結果、癒されたのです。

自分の実感や目に見える事柄よりも、神様のみ言葉に信頼を置き、それにより頼むという決断が信仰においては大切なのです。

 

第二に信仰とは主イエスを礼拝するということです。

癒された10人の中でサマリヤ人だけがイエス様のところに戻ってきました。

それも大声で神をほめたたえながら引き返して来て、イエスの足もとにひれ伏して感謝したのです。

このサマリヤ人と他の癒された者たちとの違いは何でしょうか?彼のしたことは一言で言うなら主イエスに感謝を捧げたことです。

他の者たちにとっては病が癒されることが最大の関心事でした。

しかし、それでは癒された後、また別の問題で苦しむことになることが予想されます。

サマリヤ人は癒しと共に主イエスのところに戻って主を崇め、主イエスとの確かな絆を確認したのです。

私たちが主日集まって礼拝するというのはそういうことです。

しばし静かで厳粛な思いに浸ることだけではありません。

 

主イエスは「立ち上がって、行きなさい。

私が共にいるから」のことばをもって礼拝する者を一週間の旅路へと送り出されるのです。

 


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メッセージ内容(2019年6月30日)
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