クリスチャンは霊的に成長するためには、人の助けが必要です。
聖書を読んで祈っていれば、自動的に成長するかと言うなら、そんなことはありません。
キリストに似た性質は、人間関係の中で育まれるものであり、孤立したままでは成長できません。
特に霊的に成長するためには、良いお手本、模範が必要です。
百聞は一見にしかずではありませんが私たちがより力強く成長するためには信仰を持って生きる人生がどれほど素晴らしいかを身をもって示してくれる生きた手本が必要です。
私たちは「信仰の説明」ではなく「信仰を持って生きる模範」を必要としているのです。
パウロは「どうか、このように主にあってしっかりと立ってください。」と語ります。
自分の力によって立ち、自分のみを見つめるのではなく、共に、主によってしっかりと立つことこそ、パウロが言おうとしていることなのです。
自分に目を向け、自分の中に救いの確かさを見出そうとしていく歩みは、自分自身の小さな誇りを保つための信仰生活になるでしょう。
そこには、真の交わりは生まれません。
そんなことをしていると自分だけが正しくて周りはすべて間違っていると思ったり、逆に自分だけがだめで周りが正しいと思ってしまうのです。
自分を誇りとするのではなく、ただ、キリストを誇りとし、キリストによって約束された救いの完成を求める人々の姿を模範として行く中で、私たちは、自分の力によってではなく、主によって立つ者とされて行くのです。
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