今日は種蒔きのたとえ話です。
この話には主イエスご自身の解説がついているので、分かりやすく、大抵イエスのたとえ話を学ぶ時は、「種蒔きのたとえ」,から始めます。
しかし、何度も学びながら、見落としている大切なことがあるように思われます。
それは、イエスのたとえ話は何を教えるために語られたのか、つまり、たとえ話の主題が何かということです。
ここには四種類の土地が出てきます。
「道ばた」(5節)、「岩地」(6節)、「いばらの地」(7節)、それから「良い地」(8節)です。
そこには試練に耐えること(13節)や誘惑に打ち克つこと(14節)などが教えられています。
そのようなことから、このたとえの主題は、試練に耐え、誘惑に克つといった信仰生活に関する勧めだと思われがちです。
もちろん、そうしたことも大切なことですが、イエスのたとえ話にはそれ以上の主題があります。
それは何かと言うなら「神の国」です。
イエスが宣く伝えた神の国の教えは、人々には全く新しいものでした。
それで、イエスは、人々がすでに体験している日常生活のさまざまなことがらを使って、人々がまだ体験していない神の国がどんなものかを教えようとされました。
そのために用いられたのが、「たとえ話」であったのです。
主イエスのたとえ話はもちろん教訓的な読み方が出来ますし、それは主イエスのみ心から大きく外れているということはありません。
しかし、主イエスはご自身のご降誕の時から「神の国」が到来していることを伝え、その福音を受け入れる誰もが「神の国」の民とされ、「神の国」の豊かさを楽しむようになると言われているのです。
それを読み外すなら主イエスのたとえ話は教訓、倫理道徳、そして修行の話となってしまいます。
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