ある人が「人生はくもり、どしゃ降り、ときどき晴れ」と言いましたが確かに「人生はつらく悲しいことでいっぱいだ」と実感している方が多いと思います。そのように悲しんでいる人に主イエスは何と言われているのでしょうか?
それは、第一に、主は、わたしたちのために、また、わたしたちと共に涙を流してくださるお方であるということです。「イエスは涙を流された」とあります。イエスはこの時、ラザロが復活することはすでにご存知でした。それなら涙を流す必要はありません。そうではなく愛する者を失った人々の悲しみを、ご自分の悲しみとされたのです。主は人々の悲しみを共にし、悲しみの中にある人と共にいてくださるお方です。
第二に、主イエスがわたしたちの流す涙の意味を理解し、慰めてくださるのは、主もまた、父なる神に涙をもって祈られたお方だからです。ヘブル5:7に「キリストは、人としてこの世におられたとき、自分を死から救うことのできる方に向かって、大きな叫び声と涙とをもって祈りと願いをささげ、そしてその敬虔のゆえに聞き入れられました。」とあります。主は涙をもって私たちのために祈って下さっているのです。
第三に主イエスは、わたしたちの涙を完全に拭ってくださるお方であるということです。この世にある限り、クリスチャンは、様々な闘いや悲しみを体験します。しかし、やがて、すべてが平安に、すべてが喜びに包まれる時がやってきます。主イエスが私たちの悲しみの涙をすっかりぬぐい取って下さることが約束されているのです。
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