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2月20日「主が共にいてくださる」(詩篇23篇1〜6節)


「主は私の羊飼い。私は、乏しいことがありません。」旧約聖書が書かれたヘブル語では神を「エル」「エロヒーム」と言います。

それには「力ある者」という意味があって、神の全能が強調されています。

聖書には「エル」の他に「ヤーウェ」と呼ぶ、神の固有のお名前があります。

敢えて言うならその意味は「わたしは在るという者」です。

ユダヤの人たちは、神のお名前を直接口にするのは畏れおおいと考え、「アドナイ」(わが主)と読み替えました。

聖書には「主」と書かれています。

その違いは「エル」という神のお名前は、神が人間を超えた力あるお方であることを表わしています。

それに比べて「アドナイ」は、神が人間との関わりを持たれるお方であることを表します。

「主は私の羊飼い」とは全知全能なるお方が個人的にこの私の人生に羊飼いとなって関わってくださるということを意味しています。

昔、羊飼いであったこの詩篇の作者のダビデは羊の存在と成長は全て羊飼い次第であることが分かっていました。

 

「わたしは、良い牧者です。良い牧者は羊のためにいのちを捨てます」ヨハネ10:11

主イエスは私こそ、その良い牧者であることを明言され、その通り、十字架の上でいのちを捧げてくださいました。

私たちは「モノ」や人の評価によって自分の存在価値を得ようとするなら、いつまでも「乏しさ」「未完さ」から来る不全感、不安に苛まれます。

私の人生の牧者として「わたしはあなたと共にいる」と言われる主の言葉を信じましょう。

そして、「わたしはあなたと共にいる」という言葉に、「あなたは私と共におられます」と言って、お答えしましょう。

その時、私たちは、欠乏に替えて満足を、恐れに替えて平安を、弱さに替えて力を体験することができるのです。

 

 


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メッセージ内容(2022年2月20日)
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説教「主が共にいてくださる」.pdf
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