説教要約
「神の武具を身につけて(5)戦いの目的」(エペソ6:23〜24)
エペソ人への手紙の最後は、「信仰に伴う、平安と愛が、父なる神と主イエス・キリストから、兄弟たちにありますように。
朽ちることのない愛をもって私たちの主イエス・キリストを愛する、すべての人とともに、恵みがありますように。」6:23〜24との祝福の祈りで閉じられています。
ここには「平安」と「愛」と「恵み」が祈られています。
“神の武具を身につけて”というテーマをシリーズで学んでいますが今日は最後になります。
どのような種類であれ戦いには目的があります。
何のために私たちは信仰の戦いをするのでしょうか?「信仰に伴う」と書かれてありますように信仰者は信仰の戦いをする中で神が与えて下さっている平安、愛、恵みを経験するために戦うのです。
いくら素晴らしい信仰者の証しを聞いても、深い聖書の説き明かしに納得したとしても、自分自身が実際に神のご臨在、ご真実に触れるかどうかは別のことです。
今日は神の武具を身につけて戦う私たちが体験あるいは経験したいと願っている「平安」、「愛」、「恵み」について学び、それを私たちの祈りとしたいと思います。
「平安」とは魂の平安、それは神が味方でいてくださるという安心です。
どんなに目に見えるもので祝福を受けたとしても、神との平和、平安が無ければすぐに消えてしまいます。
次に「愛」です。
聖書でいう「愛」は、一般に言う「愛」とは違います。
エペソ6:23〜24では、それは「神からの愛」、「神に向かう愛」、そして「朽ちない愛」だと言われています。
私たちの中から愛は出てきません。
私たちは「愛」を受けるばかりの者ではなく神を愛する存在でもあるのです。
最後「恵み」です。
この手紙は、恵みで始まり、恵みで終わっています。
クリスチャンの生活も恵みで始り、恵みで終わります。
キリストとの出会いは恵みの出来事です。
キリストにあっての成長や神への奉仕もまた恵みの結果です。
そして、地上を去る時もまた、恵みによって、永遠の住まいに迎えられるのです。
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